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ブログを始めることに関しての弁明

ブログを始めることにした。

理由は単純、Twitterの140文字制限の中でばかり文章を書くことに慣れてしまうと、思考のアウトプットが浅くなるのではないか?と考えた…のではなくそういう趣旨のリツイートが回ってきたからだ。

Twitterから距離を置く理由すらTwitterに作ってもらうとは、我ながら恐ろしいTwitter依存だ。


本題はここまでだが、これだけで終わってはやや短いし味気ないので、ブログ名の意味を説明させて頂こう。

みなさんは「弁明」と聞いてどんな印象を受けるだろうか?弁解、言い訳などのようにネガティヴなニュアンスの言葉だと思っておられるのではないだろうか?

ここで二宮宏之さんによる、歴史家マルク・ブロックの著書『歴史のための弁明』のタイトルに関する解説を引用しよう。


ギリシャ語のapologiaに発する原語は、法廷など議論の場において自らの立場をはっきりと述べ事理を明らかにすることを意味しており、それはプラトンの『ソクラテスの弁明』にも見られる通りです。ブロックはこの書物において、さまざまな歴史学批判に対し言いわけをしようとしたのではまったくなく、歴史学とは本来どういうものであるかについて、「弁駁」とでもいいますか、自らの考えを積極的に主張しているのだということに気をつけておきたいと思います。

(二宮宏之「マルク・ブロックを読む」岩波現代文庫、2016年196〜197ページ)


以上から分かるように、「弁明」には弁解や言いわけより積極的な意味あいがある。

いい言葉だと思ったので不遜にもブログのタイトルに拝借させてもらった。

留年した発達障害者の立場から、健常者たちに対し自らの考えを積極的に主張したいという思いを込めて…

次の記事では「説明」について弁明する。